パワーゲームから抜ける  (犠牲者)

パワーゲームからの解放

救済者と被害者、加害者の3つの役割があるとしましょう

あなたはどの役割をよくしていますか?

大体は救済者といいます。人はやっぱり誰かの役に立ちたいと
思っているのですね

でもこの救済者は時に被害者になることがあるのです

犠牲とは、主体的に自分のことをきにせず、相手に奉仕できれば

素晴らしい奉仕になりますが、意識的に選択をしていない場合は

被害者となります。

<物事は自分の観念通りにドラマが展開する>

前回の観念と投影のところでご紹介した彼女のお話しに戻りましょう

この三角形の画像は人間関係のパワーゲームの役割を
表したものです

救済者=彼女

被害者(犠牲者)=子供達

加害者=親御さんたち


彼女の世界では、子供たちは親の犠牲者だという観念から
子供たちを救う救済者になったのですが
親は加害者となります

旦那様との関係性ではどうでしょうか?

夫=弱者

暴君=妻

救済者=夫にとっては姑、妻にとっては友人など

となります

結局、暴君も弱者も、加害者も被害者も
お互いの役割

 

このように、私達は様々な人生体験で得た痛みは
物事を見る時に、そうであるか分からない不確定なものにも
関わらず決め付けて物を見ることになるのです
これが観念です

 

<自分で選択したことに気づきバランスをとる>

自分が嫌だと思っている役割を降りればいいのです。

相手の反応が気になり、役割を降りれない場合は
その役割を続けますと同意したことになります。

気づきは人を本当の意味で解放するのです。

一番よくないのは、受動的攻撃性
主権を渡し、相手がしたことを怒ったり、恨んだりすることで、物事の対処を自ら行わず、責任を放棄することです。