公開セッション「イメージ療法と風の精霊」

公開セッション「イメージ療法と風の精霊」

2012-04-13 09:35:25

Yさんからの質問

人間関係が上手くいきません!
上手くいかない…というか逃げてしまっているというのが正しいかな。
人といると一人になりたくて、一人だと寂しくなります…
私は人と関係を築くのが苦手です。
親しい友人はいるのかいないのか分からない感じだし、
こんなだから恋人もいた事がないです…(笑)どうしたら緊張しないで人と接する事が出来るか…
人に親しさを感じて貰える様な場が和やかになる様な人になりたい。
いや、せめて人と普通に話したいです。
落ち着いてる時はまだましなんですが逃げたくなっちゃうんです;;(笑)
いずれはゆったり自然に心からその人と会話を楽しめる様になれるのが
目標です…!
会話の内容も話題がある場合や気分にもよりますが、
なかなか上手く出来ないです。
何を話して良いのか分からなかったり、
頭が真っ白になってしまう事も…だから最初は仲良くなれても疎遠になりがちで
人間関係が長続きしないです。
嫌われないかとか失礼じゃないかとか変じゃないかとか
自分の事ばかり考えてしまい余裕が無く、
相手の立場や気持ちを考える事が出来てないのが原因なのでしょうが…。このまま当たり障りなく人と関われば良いやと
開き直っている自分もいるし、
そんなんじゃ寂しいしこれからの自分の為にも
変わりたいという自分もいて、
そしてそんな同じ様な事を繰り返し悩んでる自分が嫌です…
それに人にどう見られてるか異常に気にしてしまいます…
それが積み重なっていったせいか、
脇見恐怖症というのにも悩まされていて。
先生はこの恐怖症ご存知ですか?

視線恐怖症の一種で認知度は低いのですが、
周りにも嫌な思いをさせる厄介なものです;;
普通人は見ている対象以外の視界部分はぼやけてるし、
そんなに意識なんてしないですよね…?

どういうものか大まかに説明すると、
自分の視界に入る人間を強く意識してしまい、
相手を直接見ていないのに視線(意識)を送ってしまうものです。

だから人に不快な思いをさせ、
自分も罪悪感に悩まされるという悪循環が起こります;;
授業や飲み会みたいな場面は地獄に感じる人もいるし、
とにかく人がいる所は常に気が張ってしまいます…

外食しにいって隣や斜め前の席に人がいる時とか、
人と擦れ違う時とか苦しいし怖いです。
容姿を気にして顔が強張ってしまったりも…
自意識過剰なのは分かっているのですが…
だらだら書いてしまいましたが
これらを踏まえて、
先生はこんな私はどう考えどう進んでいけば良いと思いますか?
以前先生にそのままで良いと言われ、
勇気が出たし少しは自分を受け入れる事が出来たとは
思うのですがなかなか難しいです(^ω^;)

私は声優になりたいという夢があるけど、
こんな人間じゃ人に何かを伝えれないし、
人が人を使う仕事で上手くやっていける訳ないと思うし…。

びっくりしたのが、先生も以前声優を目指されていたのですね…!
確かに綺麗な声だなぁと思っていたので納得です(*´∀`*)

すいません、さっぱり書くつもりがこんな内容になってしまって…
これなら予約して直接見て貰った方が良いだろうに…(笑)

それでは、古角先生のブログこれからも更新楽しみにしています

答え

 私がアプローチをする時は覚えていてほしいのですが、
これはすべての人に効果がある訳ではありません。
Yさんの状況、エネルギーにのみアプローチしています。
人がみんな違うように、人それぞれのアプローチは全部違うのです。
では本題に入りたいと思います。
質問を送って下さってありがとうございます。
Yさんは私の息子と同じ年です。
なんだか人事に思えないです。人は誰もが恐怖症というのを持っています。
日本人は対人恐怖症を殆どといっていいくらいの人が持っています。
内側で隠しているか、無意識で自己防衛方法を使っています。Yさんは、何か自分の存在が誰かに不快にうつるのではないか?
という過度の恐れがあるように思います。でもこれも実はYさんだけでなく殆どの方の心の内側で起こる
自然な現象でもあります。

心で誰もが思っているこの思いは
「自分の存在なんてダメで価値がないのだ・・・」という思いと、
「自分は素晴らしい絶対無二の存在で特別なのだ」
という思いの両極で成り立っています。

この2つのバランスがどちらかに強く片側に傾けば
傲慢で自己中心的になるし、
反対に傾けば自分を消したいという気持ち、
自信喪失、などといった反応を引き起こします。

この2つの思いのようなバランスは常に同時にあらゆる問題にあてはまります。

要はどちらも必要な要素で、
片側をなくすということはできないのです。
ただバランスを自己にもたらすことができれば、
改善されていきます。

では一体どのようにバランスをもたらすことができるのか?
ということですが
まずこの問題は大小はあっても
すべての人が持っているということを認識しまょう。

自分だけがこのような問題を抱えているのだという考えを
自分に取り入れてしまうと
迷ってしまいます。
みんなと同じなのだと思うことで
はっきりと色々なことが見えてくるからです。

自分をなんとかしようとすると、
自分のことにフォーカスしてしまい、
問題は解決しないことがあります。

これはYさんの場合ですが、イメージ療法をお教えします。

深呼吸をしリラックスし、
自分が透明マントを着ていると思ってください。
透明が嫌ならば何か自分が安心できるものを用意してください
(イメージで)
このマントはあなたが自分の都合であなたは隠れることができ、
こちらが見たいものは見えるようになっています。

この透明マントはあなたを守り、
けして外部から傷つけられないように光で覆われています。
さあ、着た感想はどうでしょう?
とても落着いたのではないでしょうか?
もうこれで大丈夫です。

さあ、では次のレッスンにいきます。
このマントを着ているととてもリラックスし落着いたあなたは、
様々な人を冷静に見ることができるようになっています。
では人を見てみまょう。
様々な人が反応している様子の奥に、
なぜそういう反応に至ったかが見えます。
なんとなく分かるという感じでもよいです。
その人とあなたの反応の原因は同じだということが
見えてきたでしょうか?

では魔法使いになりますよ。
光の杖を持っているとイメージし、自分に魔法をかけましょう。
光の粉があなたを包み、あなたはとてもリラックスし幸せな気分になっています。
そしてなりたい自分をイメージし、魔法をかけます。
気持ちよくなったかな?

これでイメージ療法はおしまいです。
こういう現象は過去生のやり直しをするために起こすことがあります。過去生は割愛しますが
これを起こしているという事は、Yさんは、自分で積極的に問題を解決しようと決意して
生まれてきたとも言えるのです。
あなたは元々とても自由で好奇心旺盛なはずです。
もう一度それを取り戻すことはできます

でもゆっくりやってください
慌てないでも大丈夫です。
一つずつ経験しながら
自分を体験し成長させているのだから・・・・

生命の声のメッセージです
「苦しみの中に大いなる存在が存在する
それはあなたが自分という存在を知りたいと願う
その一点からスタートし
長い道を通り辿りつく
どの瞬間も味わい尽くし、
その中に完全に自分の身を置きなさい
苦しみも喜びも神聖なる瞬間なのだということが分かる日が来るだろう」

風を感じ、歌を歌ってください
きっと自分を取り戻します

神の恩寵が注がれますよう祈っています

 

公開セッションを終えた後の

Mさんの感想、コメント

古角先生、この度は本当にありがとうございました!
こちらでもお礼申し上げます。
こうして先生のお言葉を頂けた私は幸せ者です!こんな厄介な恐怖症に一生付き合って行かないといけないのかなと不安になったり、
この症状で周りの人と気まずくなる度苦しくて嫌になる事もあります。
先生の言うとおりバランスって大事ですよね。
数年前から私は駄目人間でいない方が良いという方に気持ちが傾いてました…
ですが先生のお言葉を頂いて、
心強い気持ちになりました。私にはイメージ療法が合っているのですね!
イメージトレーニングは大事だと聞くし、
確かに自分でも合っている気がします。イメージして気分が良くなると世界が違って見えるし
捕らえ方がプラス思考になれるので良い方法ですね(*^_^*)
どんどん人前に出るのも大事ですよね?

透明マントを被って安心出来るまでは出来そうだけど、
次のステップに行くまでちょっと時間がかかりそうです。

でも落ち着いてゆっくりこなして平気になっていけたら良いなぁ…
雑念や考え事が頭に常にあり、
物事を純粋に楽しんだり感じたりする事に鈍くなってる気がするので
いずれは何事も全力で行動したり感じたり、
自分の素直な気持ちで進んで行きたいです!

産まれてきたからには自分の人生の甘い所も酸っぱい所も
苦い所も味わい尽くさないともったいないですもんね!
ありがとうございました。

P.S.
以前みて頂いた時一緒に行った子とまた先生の所行きたいねと話す事があります。
またお会い出来たら嬉しいなと思います(^-^)

2012-04-13 09:35:25
公開セッションにご質問下ってありがとうございます。イメージ療法は自分に希望と自信をとり戻してくれます。Yさんはもともととても純粋で子供のような天真爛漫さを持っているので、傷つきやすいこともありますが、どうぞ自由に人生を泳いでいってください。又お会いしましょう・・・
ありがとうございました。